街は生きものである
いや、比喩でなく
生命の定義について、という話はとても大変なので避けるが
誕生、死、繁殖、絶滅、遺伝子、代謝、それと意思
とりあえず街はその辺り全部備えていると思う
街は生きものである
たぶん関係を逆にしても成り立つ
集住、過疎、繁栄、衰退、都市計画、世代交代、それと意思
とりあえず生きものはその辺り全部備えていると思う
生きものは街である
人の体内に微生物が暮らすように、街の体内に人が暮らす
人が街を生かしており、街が人を生かしている
人の側に主導権はなく、街の側にも主導権はない
共生している
互いが互いを助ける、という基本理念がある
微生物の活動が人の生存に不可欠であり、人の活動が微生物の生存に不可欠であるように
人の活動が街の生存に不可欠であり、街の活動が人の生存に不可欠だ
街が失われそうになると、人々が興そうとするのは
宿主の死を防ごうとする本能のようなものだと思う
まあ、善玉悪玉という話もある
人それぞれいろいろ役割がある
宿主を生かしたい人たちも居て、殺したい人たちも居る
それはそれとしておく
興味深いのは、人に「街の死」を感覚する能力が備わっていることだと思う
大きすぎて(人の感覚からは)街全体の生命活動を把握することはできない
当然「街が生きものなわけあるか」という人は居るだろう
けれど、自分が住んでいる街の活気や衰退を感じることができない人は居ない
普段街の「生」を感じていなくとも、その「死」はわかるものだ
それがわからなければ、助けることもできない
「生物の体内に居る」という認識を持って街を散歩してみると
人々の賑わう所は代謝が活発だなあとか
複雑な都市を歩くたくさんの人々は神経伝達物質かなあとか思う
(人の感覚からは)巨大な意思の存在を感じてくる
部分から、見ることのできない全体のことを類推している
なんとなく、体内の微生物たちに共感する
人の中に暮らす生きものたち。総体が人の体、総体が人の心
街の中に暮らす生きものたち。総体が街の体、総体が街の心
よくできてると思う
小さな生きものと大きな生きものが共生する
小さな生きものは大きな生きものでもあり
大きな生きものは小さな生きものでもある
街という生きものも、更に大きな生きものの体内に暮らしてるんだろうなと思う
(人の感覚からは)広い空間と、長い時間がある
それぞれの街があり、それぞれの役割がある
街も自らの宿主の死を感じるのだろうか
街の宿主は何者なんだろう
今度訊いてみようと思う
そうなると、街の宿主にも宿主が居る、と考えるのが自然ですよね
宿主の宿主の宿主の……みたいな話になる
大きすぎるので、全然わからなくなっていく
全然わからなくなるっていうのが良いよな
地球は何番目かなあ
いや、比喩でなく
生命の定義について、という話はとても大変なので避けるが
誕生、死、繁殖、絶滅、遺伝子、代謝、それと意思
とりあえず街はその辺り全部備えていると思う
街は生きものである
たぶん関係を逆にしても成り立つ
集住、過疎、繁栄、衰退、都市計画、世代交代、それと意思
とりあえず生きものはその辺り全部備えていると思う
生きものは街である
人の体内に微生物が暮らすように、街の体内に人が暮らす
人が街を生かしており、街が人を生かしている
人の側に主導権はなく、街の側にも主導権はない
共生している
互いが互いを助ける、という基本理念がある
微生物の活動が人の生存に不可欠であり、人の活動が微生物の生存に不可欠であるように
人の活動が街の生存に不可欠であり、街の活動が人の生存に不可欠だ
街が失われそうになると、人々が興そうとするのは
宿主の死を防ごうとする本能のようなものだと思う
まあ、善玉悪玉という話もある
人それぞれいろいろ役割がある
宿主を生かしたい人たちも居て、殺したい人たちも居る
それはそれとしておく
興味深いのは、人に「街の死」を感覚する能力が備わっていることだと思う
大きすぎて(人の感覚からは)街全体の生命活動を把握することはできない
当然「街が生きものなわけあるか」という人は居るだろう
けれど、自分が住んでいる街の活気や衰退を感じることができない人は居ない
普段街の「生」を感じていなくとも、その「死」はわかるものだ
それがわからなければ、助けることもできない
「生物の体内に居る」という認識を持って街を散歩してみると
人々の賑わう所は代謝が活発だなあとか
複雑な都市を歩くたくさんの人々は神経伝達物質かなあとか思う
(人の感覚からは)巨大な意思の存在を感じてくる
部分から、見ることのできない全体のことを類推している
なんとなく、体内の微生物たちに共感する
人の中に暮らす生きものたち。総体が人の体、総体が人の心
街の中に暮らす生きものたち。総体が街の体、総体が街の心
よくできてると思う
小さな生きものと大きな生きものが共生する
小さな生きものは大きな生きものでもあり
大きな生きものは小さな生きものでもある
街という生きものも、更に大きな生きものの体内に暮らしてるんだろうなと思う
(人の感覚からは)広い空間と、長い時間がある
それぞれの街があり、それぞれの役割がある
街も自らの宿主の死を感じるのだろうか
街の宿主は何者なんだろう
今度訊いてみようと思う
そうなると、街の宿主にも宿主が居る、と考えるのが自然ですよね
宿主の宿主の宿主の……みたいな話になる
大きすぎるので、全然わからなくなっていく
全然わからなくなるっていうのが良いよな
地球は何番目かなあ