スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

10月, 2017の投稿を表示しています

ないものはない

「ないものはない」
何の変哲もない言葉だけど
じっくり向き合うと遠くに行くことができる


「ないものはない」
意味は「ない」とも「ある」とも取れる


ないものはないんだから、ない
ないものはないんだから、ある


どっちでもいいのだ
つまり、何も語っていないに等しい


ないものはないのだ
ないものはないんだから、ないものはない





「ないものはない」に対峙していると
情報量が多すぎるので
だんだん考えられなくなり
感じる領域になっていく


何も語っていないに等しい言葉は
全てを語っているに等しい


ないものはない、ないものはない


ないものはない
ないものは、ない

金木犀

嗅覚だけに集中して街を歩いてみると、とてもおもしろい


どうやら思っていた以上に香りというものは目まぐるしく変わっているようだ
秒単位で風景が変わっているから当たり前なのだが、秒単位で香りも変わっている
これまで歩いているときに視覚と聴覚は無意識に使っていたが
嗅覚はあまり機能させてこなかったことに気付き
大変な情報量を見落としていたと思った(嗅ぎ落としていた、と言うべきなのだろうか)


それで嗅覚以外の五感をぼんやりさせながら、街を歩いた
何かの香りを感じたら五感を元に戻してその正体を確かめてみると
風景の中に対応するものが見つかる
植物の香りが増えたなと思って意識を目に戻すと、公園が目に入ったりとか
急にシナモンの香りがすると思ったら、近くにベーカリーがあったりとかする
大抵のものは香るべくして香っているのだな




そういうことを続けていると、たまに正体不明の香りに出会うことがある
そういう出会いがおもしろい


風に乗って一瞬とても親しみのある香りがした
絶対にどこかで嗅いだことがあると感じたのだが
周囲を見渡しても発しているものの正体がわからない
気になってしばらく考えていたら、遠い記憶の中に手がかりを見つけた
それはでんぷん糊の香りだった


わかったけどわからなかった
なぜ街中ででんぷん糊の香りがしたのだろうか
不思議に思って家に帰ってから調べてみたところ
でんぷん糊は香料として金木犀が使われているものがある、ということがわかった


金木犀
あれは金木犀の香りだったのか
知らなかった
ということは金木犀がどこかに生えていたということか
秋か





「でんぷん糊は金木犀の香り」
へー
……へー?


どうやら金木犀が先ででんぷん糊が後だったということらしい
しかし、私にとっては、でんぷん糊が先で金木犀が後なのである
でんぷん糊の方が、記憶のずっと深いところに住みついてしまっている
あの香りの名前として、ずいぶん昔からでんぷん糊が登録されているのだ
それが今になって唐突に金木犀へと書き換えられる運びとなった


いや、理屈はわかりますよ
しかしイメージの上書きがどうにも上手くいかないのです
うーん、どう考えてもあれはでんぷん糊なんだよな
香りの正体が完全に判明した今もなお、私にはあの香りはでんぷん糊のものだったと思えてならない
「金木犀がどこかに生えていたのだ」という説明を、頭では理解できても、心では理解できないのだ





それで「あれは金木犀の香り」と何度自分に言い聞かせても上手く行かないので、諦めた
やっぱりあの香りの正体は金木犀じゃないよ。でんぷん糊です


だから「金木犀がどこかに生えていた」という説明がそもそも間違っているのだ
それなら「でんぷん糊の木がどこかに生えていた」という説明が正しいということになる
あの香りの正体は金木犀ではなくでんぷん糊なのだから、それはそうなる





街路樹にでんぷん糊がよく実っている
でんぷん糊の微かに甘く淡い香りが空間を満たして
チューブ型の実はゆらゆらと、短冊のように風になびいている
道端には枝から落ちたチューブが点々と転がっているので
ひとつ拾って蓋を開け、指先にちょんと付けて嗅ぐ
淡かった香りが一瞬ぐっと強くなって、鼻から頭の上へ抜けていく
それで私はひとつ深呼吸をして
「あー秋が来たなあ」と、しみじみ思うのだ

Layer

昨晩は絶妙に雲のかかった月が出ていて、綺麗だった
どうやら中秋の名月だったらしい


薄い雲の後ろに月が透けて見えていたのだが
それを「薄い月の後ろに雲が透けて見えている」ように眺める、という挑戦を延々とした


2つの星を見比べるとき、どちらがより地球から遠いのかを判断しようとしても
見た目ではまずわからない
月と雲を見比べるときもどちらがより地球から遠いのかを
目の性能だけで判断できているとはあまり思えない
「月は雲よりずっと遠い」と信じるこころが
月が雲よりも後ろに見えるという認知を決定付けている気がする


まあ事実として月は雲より遠いのだけれども
事実は事実でしかないのだ


それでしばらく粘ってみたが、いつまでたっても雲の手前に月は来なかった
「雲は月よりずっと遠い」と信じるこころが足りてない
うーん、とらわれている


結局最後まで月は雲の後ろに居たままで
私はまだまだだなあ、と思ったのでした